2002年4月に《醒世姻縁伝》の日本語訳を共同出版してから、随分と年月が経ってしまった。その日本語訳総監修をした朋友の青木昌三氏は2003年12月に逝ってしまった。今から思えば、氏の血の出るような十年にもわたる翻訳作業、辛労のせいだったのかもしれない。
本書にすっかり惚れ込んでいた私は、会社を退いたら、再度訳文を見直そう、未訳のままの《凡例》、《弁語》の日本語訳にとりかかろう、更には、本書に出て来る興味深い俗諺、方言、罵倒語、歇後語、故事、人物、地名、食物、植物、衣裳用語などこの本に書かれているすべてを盛り込んだ解説書如き《醒世姻縁伝大事典》を作る作業をしていけば、退職後の暇つぶしにはコト欠くまい、と考えていた。しかし、実際、退職して後は、この思惑作業は進まなかった。これも職人肌とはほど遠い私の浮気性のせいであろう。
退職後の「暇」に慣れるまでの三年間、目標と定めていたはずの作業に没頭できないまま、ノラリクラリ、何とか、できたのは《凡例》、《弁語》、《後記》、《再販後記》の翻訳だけであった。『醒世姻縁伝』原文の巻頭にあるこの《凡例》と《弁語》は、私にとっては極めて難解な中国文、一字一句、鄭州の張万鈞老師に書信で教えを乞いながら、どうやら日訳した。
ここでは、この二文、それと、中州古籍出版社の『醒世姻縁伝』(童万周校注)の中におさめられている《後記》と《再版後記》の日本語訳を試みたものを紹介しておきたい。『醒世姻縁伝』の全容を知るにあたって、大いに参考になるはずである。目標の《醒世姻縁伝大事典》については、またノラリクラリ、進めて行くよりほかはない。
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