深沢俊太郎

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ごうりきみちのぶ著「まっくらけ」!


深沢俊太郎の部屋
Shuntaro Fukasawa
ごおりきみちのぶ詩集


■坑夫口説き語り「まっくらけ」

〈冬〉

  雪降る晩
  荒げる炭坑
  奈落におちた炭鉱
  坑底の春雷〈2〉
  渇望する坑底
  壊された風景
  冬のゆうばり

雪降る晩(ばんげ)
雪降る晩 雨雪吹(ふ)いだりしたら
さっさと寝てすまった方がええ
ぼだぼだら ぼだら雪の降る晩だば
もうすぐ春だと思わへるども
まんずはあ 坑内非常の晩も
こげな 雪こ降っでだ

そんだ恐(おっか)ねえ坑内(げんば)さ行(え)かねえでけろて
わめぐ嬶(おが)ば殴(ぶたら)いで戸外(おもて)さ出(で)はって
息ばだめぐらかすて駆(は)けで行(えっ)たば
炭坑ばわちゃめかすたガス爆発だ
坑夫だち六十何人も殺すた大非常だで
心臓裂(ぶっちゃ)げるほどどんでんごいだ
まんずもう 二十年近くなるべども
昨日ごとみでに忘れられぬ

なんの音こもねぐ
たんだ のそのそ雪降る日だば
あんます 気味(きんび)ええもんでね
雪ん中 ずっと立ってでも
あんまし寒いども思わねし
空あおいでも雪
のそのそど降る雪の日だば
まんず 坑内非常の日と同(おんな)し
曇(どんよら)どした 空こだ

坑夫の骨噛み葬式さ出さねばね時
なんぼ雪はねばすてもすても
見(め)でる間さ積っですまっで
腰まで埋る雪ん中棺箱担(たん)がいで
女(おなご)だち泣(な)ぐ雪ん中 出棺したども
こだらだ時さ 雪降なぐたてえかべて
馬橇さ引(す)いだ後姿ば見送ったけ
情(なさけ)の知(す)らねすねくれだ雪だば
まんず 気味(きんび)ええもんでねな

何の音こもたでねで
のそのそど降る雪ん中さ
酒こ飲んで寝てすまれば
凍(すばれ)死(す)んでもいいえんた気持さなるだば
別(べず)に生ぎでくね訳でねんども
こたらだ時あ 死(す)んでもいいと思へる
まるで何処が遠ぐさ行(えっ)たえんだ
気持こさなるもんだきゃ
坑内非常で死(す)ぬよりはええだ

雪の降る晩だば
様々だごと思わへるども
正直に打明け話せば
まんず 坑夫だばわが家(え)で
往生ばすたいもんだ
まんずはあ 雪降る晩だば
碌だごとば語らねがら
さつさと寝てすまった方がええ

荒げる炭坑
荒げる炭坑(やま)あ 恐(おっか)ねえもんでぇ
そんでも嬶(おが)子供(わらし)だち喰(か)せでいかねば
天井の先見(め)ねえほど抜げた
地獄天磐の暴れ天井ば抑(おせ)つげる
大仕事に 取組(とっくま)ねばまいねだ
マイナシ八〇〇メーターもある
深え奈落の底みでな坑内だば
むっすらど知(す)らねえ顔(つら)ばしでいて
急に 気嫌こさかえてすまって
いぎなり ぶんむぐれて荒(あら)げるだ

コンピューター付きの炭鉱だどきゃ
ガス抜き手抜きばりか
山鳴り 磐ぶくれ 天井(やま)抜げで
荒(あら)げる炭鉱(やま)でも知(す)らぬ顔(つら)この半(はん)兵(べ)衛(え)
国さ借金返(け)さねばなんねえがら
急速掘進ばすれで尻(けつ)ぼってせがせる
荒げる炭鉱(やま)ば気嫌ことりどりすて
なだめすかすてもやっぱし駄目(まいねえ)だ

あの怒鳴るみでな坑風(かぜ)こ聞(き)けるべさ
真黒だ羆(すぐま)の団体みでな闇(やみ)の黒幕ふろげて
大(でっ)けえ歯こむいでかがっでくるきゃ
何して そんなに肝焼げるだばして
勘弁してけろじゃて 叫(さ)かぶ間もねえ
がっぷらど
ひと口さ呑まれですまったがらな

荒(あら)げる炭鉱あ 恐(おっか)ねえもんでぇ
ふんだども
おらだちの知らねえどこで
内緒(ないしょ)ばぶっでる人間のほが
つくづく恐(おっか)ねえもんでぇ

奈落におちた炭鉱<
  ――坑夫口説き語り――
北のはじれの炭鉱だけんど
マイナシ八〇〇メーターもある
地の底深(ふけ)え炭鉱だけんど
いぎなり厚い炭(すみ)の壁ばぶち破って
真黒げのガス炭塵噴き出し荒げ狂い
アヤァー つう一瞬の間もね
泡こふだめで逃げわめぐ
炭掘り坑夫だちさ襲(おせ)かがって
停年近え年寄り坑夫だの
二十才前(はだちめえ)の兄(あん)ちゃん坑夫だちだの
九十三人もの大事な生命ば
いぎなり なさけ無情に
息の根ば圧殺(おすごろ)すてすまった

あげな 地の底深え炭鉱の
恐(おっか)ねえ 北第五磐下坑道つうどこは
山鳴りはしるべし 天磐(やま)あ圧しべし
あげな炭鉱はぁ 恐ねえもんだ
あげに天磐(やま)怒鳴(どな)るみで坑風(かぜ)恐ねぐて
真黒げな炭塵ば坑道いっぱい広(す)ろげて
大(でっ)けえ歯ばむいでくる
なすて そんなに肝(きも)焼げるだばすて
勘弁(こらえ)てけろて 叫(さか)ぶ間もねぐ
がっぶらごと
ひと口さ呑まれですまったみでに
頭がら襲(おせ)かがってぎだ
死物(すにもの)狂いで救急バルヴさかぶりついで
ふんと 恐(おっか)ねぐて
糞小便たれ流すた者(もん)も居(え)ただ

もう駄目(まいね)って
もう駄目って
八時間 辛棒さ辛棒すて
生命空尻(からけつ)に助がったどきはぁ
救命隊ば神様みでに手合せだで

地獄の底がら助げられでぐる途中だっけ
あっちゃにも こっちゃにも
すっくり返っでる仏さん見(め)だどき
すまねけど 先に出坑すっけど
堪忍(こらえ)てけろじやって――
仏さんさ手合せで出坑すた――

生命空尻(からけつ) やっとこ出坑すたら
また たまげてすまった
あんだに さわがすい騒動こで
山(やま)みでに人間群ればなすて集(あづ)まっで
テレビの連中だば明りば照(てら)すで
まぶすくで前こ見(め)ねぐて
前(さき)の方さ歩がれねがった
坑内の仏さんより先に出坑すて
すまなぐて 情無ぐでるどきの
人の心の底も知らねで
ふんとに ありがた迷惑だごどだ

だども あん時(どき)だら
タバコ うまがったきゃ
いっぷく吸ったきゃ
はぁー泡喰らって
ぐらぐらっで 目眩(めまい)すたでや
家(え)さ帰(け)てがら心配すてきた義弟(おとど)さ
女房の酌で酒呑みすて話こ聞いだ
百人近ぐも坑夫だち息止(ど)められだて聞いた
たすけ 急に気味(きんび)悪ぐなて
頭(あだま)痛(や)みすて吐いですまった

生命落すた人の名前こ聞いだら
なすて あの人だちだば
おらだより じっと離れた坑道さ居(え)たのに
なすて 生命助がらながったべて
肝(きも)焼(や)げて 肝焼げて
眼(まなご)がら涙止らぐて 涙止らなぐて――

〈 坑内の行方不明者は
   生ぎではいねえって―― 〉
鬼みでな話ば喋ってがらに
坑内の火ば 注水すて
消さねばなんねて語って
救命隊の人らも消息不明だてがらに
坑内さ火燃えでるがらたって
わんずか 四時間ば過ぐたぐれで
一生県命(せえいつぺい)に人の生命ば助げるごとも
碌にすねでけっがってがらに
人間の皮かぶった鬼みでに面(つら)つけなく
人間の居る坑内さ注水すてなんて
人でなしの悪太郎(けちゃむくれ)の語(かだ)るごとだとぎゃ

〈 坑内注水だば 駄目(まいね)だ 〉
みなすて 声ば張りあげで
大勢すて 叫(さけ)ばったもんだから
悪太郎だち 坑内注水ばやめた
すてがらに あでもこでもねて
悪太郎(けちゃむくれ)だち 右往左往すてがらに
救命隊さばり苦労に苦労ば押しつげで
情ねがった
七つめの日ば勘定すた日に
無情の坑内注水ばすただ――

情ね 情ねがった
助けば求めでる人沢山(えっぱい)えたつうに
助けば求めでる人居(え)る坑内さ
注水ばすてすまったけ――
はあー いやんだ
もうー はあー いやんだ

人の情もねえ炭鉱だば
碌でもねえごとばりつづぐ
奈落の闇底さおずた炭鉱だ
そんでも やっとこさ坑内の火消(け)で
ポンプさ馬力ばかげ水揚げすて
仏さんの取(とり)明(あ)けの段取りばすてるどき
銭の勘定すかすらね社長だば
自殺未遂の馬鹿真似ばすて
人騒がせまんだ足りね悪太郎(けちゃむくれ)だち
雪降る師走の十二月さ
倒産すたて 会社更生法つうもんば
裁判所さ申す立てだつうだ

奈落の闇さおずた炭鉱だども
おらだち一生県命(はっちゃき)こいで
涙たらすて仏さんば取(とり)明(あ)けすた
〈 おらだちど 出坑(あがる)べ 〉って
仏さんさ声ばかげかげすて出坑すた
奈落の闇底さ
仏さん置去りにすておけねがら――

それがら はあ――
喋べるも語(かだ)るも話になんね
滅茶苦茶(わちゃくちゃ)に碌でもねごとばりだ
坑内大非常がら一年目こさ
更正会社の管財人だば尻(けつ)まぐって
借金ぶくれで最下等(げれっぱ)の炭鉱だば
面倒みきれねがら閉山しるよりねて
坑夫の細首ば首切って
切り捨て御免だて はあ――
こげな 滅茶苦茶(わちゃくちゃ)なごとあるべか

なんぼ奈落さおずた炭鉱だとて
こげな 滅茶苦茶(わちゃくちゃ)なごとあるべか
借金ぶくれの火の車だがらて
賃金あげられね ボーナシ出されね
補助金出す政府の役人さごしやがれるがら
無理でも槍でも黒い炭(すみ)掘らねばて
山鳴りばしる恐(おっか)ねえ炭鉱で
おしんの辛棒ば何本もぶっ立てで
辛棒の棒ばこらえできた末こさ
閉山だ 坑夫だちば首切るだて
こげな馬鹿げたごとあるべか
冷こい不景気風こ吹いでるどごさ
いぎなり放り投げるごとすて
こげに大馬鹿げたごとあるべか

なんぼ奈落さおずた最下等(げれっぱ)の炭鉱だて
もう はあ――
生命ばとられだ仏さんごと思へば
肝(きも)焼(や)げて 肝焼げてなんね
こげな大馬鹿げだごどあるべか

坑底の春雷〈2〉
暗闇の坑底に
春雷にも似た山鳴りがひびき渡ったとき
一瞬の 闇の中に
黒いガスが炭壁を突き破り
遠く数千メートルの坑道まで噴きあれて
炭掘り稼ぎの坑夫たちに襲いかかり
暗闇の中の地獄は
逃げまどう炭掘り稼ぎの生命を奪い
おどろおどろの山鳴りが
地底を支配してひびき渡った

 あの時、取明けの神様と呼ばれる
 老練坑夫が君の遺体を発見した

 君の遺体発見が伝えられた時
 待機していた君の義弟は
 制止する仲間の手を
 ふり切って坑底へ走った

炭塵まみれの遺体が一体 一体
タンカの上に坑帽のせて無言の出坑
悲鳴と怒号の人波が渦巻く坑口は
炭掘り稼ぎの明暗を露出したままに
秒針の突き刺すような痛みが連続して
涙涸れ耐えつづける重い時間が重さなる

 こころ優しい君の義弟は
 ものいわぬ君の口唇をなでさすり
 黒く傷ついた君のひたいをいたわり
 〈 あにき 痛かったべ
   あにき 苦しかったべ―― 〉
 顔を寄せて語りかけ
 君の返事をいつまでも待っていた

「生存の可能性はない……」と
冷酷非情な死の宣告は資本の倫理か
炭鉱の利益は観光商売に持ち逃げ
遺体収容なかばに自主再建を放棄した
倒産劇演出の資本の倫理の証明は
炭鉱災害史と背中合せの悪魔の飽食か

明りのない坑底を歩く
生残りの炭掘り稼ぎの坑夫たちは
春まだ来ない遠い歳月の彼方に
うすあかい蕾を夢想い風に吹かれて歩く
かすかな血のぬくもりをたよりに
冬の雑草のように生きてゆく

誰に教えられたのか君の義弟は
君のおくれた出坑に寄りそい
〈 あにき ゲージだぞ
   あにき 坑口だ
   あにき 出坑したぞ 〉
 君の義弟は君の身体をいたわり
 君の出坑を確かに告げていた

坑底深く沈められた鬼神たちよ
取明けしたままの荒れた坑道を放棄した
生き残りの炭掘り稼ぎの坑夫たちが
理不尽な坑夫の放出棄民を迫られて
見も知らぬ荒地に遠ざかるなら
坑底からの出坑を求めて
重い扉を叩きさけぶだろう

遠い夜の闇の中にひびく春雷よ
炭掘り稼ぎの男たちの葬儀をすませた
ヤマの荒肌にタガネを打ちこむように
鬼神たちの重い歴史を刻みこむように
春の夜のくもり空にひびき渡るがよい

渇望する坑底
坑夫のたたかいの旅は
間口を広げすぎたのか
たたかいは拡散して
帰るべき炭鉱(やま)を忘れがちであった
だが 都会の雑踏に疲れた坑夫は
自分が坑夫であることに気ずいた

ふたたび やまに帰り
坑底の炭壁にひたすらいどみかかる
汚れた政治家の論理を
坑内稼ぎの汗で吹きとばし
坑底にうごめく地中の現象を
おのれの身体ごとで触感する
坑夫のたたかいは
炭鉱(やま)の論理で対決するよりほかにないと

壊された風景
石炭で生きた炭鉱(やま)の
こころあったかい
原風景は壊されてしまった

 石炭の切り捨て御免は
 冷めたく人間放棄の国策

あまり希望のない明日だけれど
炭鉱に生きてきた人々は
絶望の深さだけ
ひとを愛することが出来るから
じきに優しさをとり戻すだろう
それは
炭鉱に生きてきた人々は
ふたたび
明日から生きていかねばならぬから

冬のゆうばり
わがゆうばりの
こころ優しくもあったかい
炭鉱(やま)の原風景は
石炭の切り捨て御免で
処刑された
炭鉱(やま)に生きてきた人々は
喪失ったものの大きさの中に生き
炭鉱(やま)に生きてきた人々は
喪失った坑底の闇の深さに息づく

冬の朝は
炭鉱(やま)に生きてきた人々の
創りだす風景の上にしか来はしない


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