〈一〉
坑夫長屋の裏はずれ
ずりの埋立地は
その昔 深い谷沢で
シンコの沢と呼ばれていた
明治の世に 夕張炭山第一新坑という
炭掘り坑口があったから
誰がいうともなく
シンコの沢 と呼ぶようになったという
昭和の世の十三年十月六日
突然に 天竜坑の坑口が
ガス爆発の火を噴いた
十二尺の坑木をマッチ棒のように
坑口から天空にはねとばし
坑夫百六十一人の生命をふっとばした
あまりにも多すぎた坑夫の遺体は
またも シンコの沢に
仮の火葬場をつくらせたという
にわかにシンコの沢は
雑木が切り倒された谷地はけづられ
荒土が盛られ杭が打たれ
仮の火葬場がつくられた
荒板造りの棺箱が
数えられぬほどに並べられ
杭木を割った薪を積みあげ
読経とすすり泣きが
シンコの沢に重く沈み
仮の火葬場の四方から火が放たれた
煙があがり 火炎があがる
激しく薪がはぜかえると
悲鳴と怨みと嘆きと
怒りの叫びがこだまして
炭坑の地獄絵の狂乱は
一昼夜絶えることなくつづいた
坑夫の骨噛み葬儀が
いく日もつづいた炭坑に
親なし子と後家の住みつく
後家長屋が多くなったという
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いつの日からか
坑夫治助の後家さんが
乳飲み児を背負い
金壷まなこを光らせて
シンコの沢に立っていたという
人の噂が長屋に流れて
みぞれ降る十二月
よろぼう親子二人が
柳の下で首をくくったという
それから 首吊り怨霊が二つ
シンコの沢に住みつき
雪が吹きこむ坑夫長屋の
冬の茶飲みばなしに
首吊り怨霊ばなしが
いく度となくくりかえされた
暗らい噂の年が明け
灰色の雪が融けて
春を告げるニシンの焼ける
香ばしい匂いが長屋の軒先に流れ
春を呼ぶ坑夫の児らが
泥んこ遊びに熱中する頃
首吊り怨霊の噂ばなしも絶えかける頃
シンコの沢で
狐捕りの市三が姿を消した
つづけて
馬追いの和吉が姿を消した
二人とも
雪融けの水の溜りよどんだ
シンコの沢の深みに
浮いていたという
その夜 二つの青い燐光が
シンコの沢の底から
からみあい浮びあがってくるのを
見たものがいたという
首吊り怨霊がとりつくと
誰からともなく
シンコの沢の伝説となって
語りつがれて
とりつくものと
とりつかれるものとの
むごい歴史がシンコの沢に根強く残り
秋の十月に誰れが運ぶのか
赤いこわ飯盛ったさん俵が置かれ
そこには いつも
透明な首吊り怨霊が
しのびさまよっていたという
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〈二〉
ヤマの坑夫が戦場に駆り出され
無法非道な強制連行の朝鮮人らを
なれぬ炭掘り稼ぎの強制労働に追い立て
女坑夫を産業戦士の美談で復活させる頃
休坑していた第一新坑は
長良坑と坑名も改めて
炭掘り増産を押しつけられた
新生長良坑の坑口から
運び出される石ずりは
いつの間にかシンコの沢を埋めたてて
ずり山は日ごと高くそびえて
空高く突きあげていった
息子を戦場に駆り出された
市三と和吉の後家さんは
シンコの沢の埋めたて工事に
トロッコ押しの日銭稼ぎに追われ
ずりの埋立地にレールが延びた
その先はシンコの沢の下
選炭場のずり明け場まで延びて光った
もう一つ 引込み線から延びたレールは
ずり山へとつづいて
ずり山が確実に
天空に高くそびえつづけた
侵略の深みにはまった戦争は
北と南の玉砕がつづいて
本土空襲と原爆投下の
敗戦で終止符を打った
メガネと猫背の生神人が
〈 玉音放送 〉したら
炭掘りの支配者は腰抜けになり
炭掘り坑夫は労働組合をつくり
炭掘りの生産管理をしたら
パイプと黒メガネのアメリカ人が
汽車と船を動かすために
炭掘りをつづけろと命令した
焼跡の都会から
失業者と引揚げ者と復員兵が
炭掘りの加配米を求めて
炭掘りのにわか坑夫に転職した
ずりの埋立地の朝鮮人寮は
にわか坑夫の着山寮に再生される頃
狐捕りの息子昭市が
びっこを引いて復員した
それから一年の後
馬追いの息子の和男が
シベリヤから帰国した
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シンコの沢の埋めたては
再び くりかえされて
首吊り怨霊ばなしなど
喰うために追われ忘れられ
男は炭掘りの賃上げストに明けくれ
女は食糧買出しと畑造りに熱中した
だが ただひたすらに
炭掘り稼ぎに明けくれる男たちに
首吊り怨霊は人目につかぬように
ひっそりと取りついて
誰もが気づかぬうちに
ひっそりと取りついていた
シンコの沢の伝説の
透明な首吊り怨霊は
炭掘り坑夫の後を追い
どこへでもついて行く
コンクリートのアパートに
赤い半月が昇る夜ふけ
長屋から長屋へと渡り歩いて
夏の夜の子供らの
連発花火のひらめきに
呼びよせられてくるという
だから 首吊り怨霊は
年ごとの夏の花火を
ひっそり待ちわびていたという
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〈三〉
時が流れた雪の日に
突然 二月の低気圧は
冬の雨を呼んだ
その上 地底のガスまで誘い出し
予期せぬガス爆発を誘発して
坑底に火を走らせた
鋼鉄製の鉄柱カッペは
アメン棒みたいにねじ曲り
炭掘る坑夫 六十二人の
生命がふっとんだ
炭掘り坑夫の骨噛み葬儀がつづく時
誰が語り出したのか
シンコの沢伝説が人の噂に流れ渡って
びっこの昭市が死んだのも
シベリヤ帰りの和男が
ガス中毒になったのも
首吊り怨霊が取りついたからと
噂に流れたむごい歴史の
シンコの沢伝説が
よみがえり語りつがれた
六十二人の初盆の朝
シンコの沢の柳の幹に
わら人形が一つ
心臓つら抜く釘一本
打ちつけてあったという
それから いく日がたち
ガス中毒で腑抜けになった
シベリヤ帰りの和男が
シンコの沢の柳の下で首をくくった
その夜 二つの怨霊の火が
ずりの埋立地でからみ合い
とび交っているのを
見たものがいたという
首吊り怨霊が住みつく
シンコの沢伝説は語りつがれて
むごい歴史がシンコの沢に根強く残る
雪融けぬ二月の末に
誰が運ぶか 赤いこわ飯盛った
さん俵が置かれていた
暗い坑底の死はいやだと
首吊りの死いやだと
炭掘り坑夫に遺伝する
金壷まなこを光らせて
暗いシンコの沢の深みの
重たい伝説切り捨てて
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炭掘り稼ぎも見切りをつけて
炭掘り坑夫の孫たちは
石油くさいプラスチックみたいな
ペカペカした見知らぬ土地へと
追われ追われて渡り歩いて行く
首吊り怨霊忌み嫌い
怨霊たたると氷の刃をむけたのが
炭掘り坑夫であったなら
それをふりむけさせたのは誰れなのか
暗闇の坑底に火を噴かせ
シンコの沢に
仮の火葬場をつくらせ
カネ打つ念仏衆の背後にひそむ
黒子姿の正体誰れなのか
重たい伝説やりきれなくも
怨霊たたりのなぞを解く
裁きの骨噛み葬儀は誰がする
坑夫長屋の裏はづれ
ずりの埋立地は
遠い昔 深い谷沢で
首吊り怨霊の重たい伝説語りつがれる
むごい歴史を背負いつづけて
ずりが埋めたてられて
死にかわり生きかわり
生きつづけた炭掘り代々語りつがれた
シンコの沢の伝説は重い
朽ち倒れた空き屋だらけの
坑夫長屋の裏はづれ
ずりの埋立地は
今は むかし
ひそかに語りつがれた
シンコの沢伝説の
怨霊ばなしは風化して
二匹のキツネが
とびはねたわむれていた
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