深沢俊太郎

トップページへ戻る!
ネット中国性文化博物館入口!
書籍出版一覧!
新・中国いろはたとえ歌留多(連載)入口!
《醒世姻縁伝》研究!
ごうりきみちのぶ著「まっくらけ」!


深沢俊太郎の部屋
Shuntaro Fukasawa
ごおりきみちのぶ詩集


■坑夫口説き語り「まっくらけ」

〈闇〉

  地べたから
  坑底の春雷〈1〉
  坑底の婚姻
  炭坑の日々
  帽灯について
  わがゆうばり望景

地べたから
いま 炭鉱に生きる人々よ
また ふたたび
遠い歴史をふり返るなら―

谷間をけずり
地の底をかきむしり
黒い流れは岩魚を追いだし
みどりの谷沢を埋めつくし
灰色のずり山を築きあげ
ほこらしげに物語った坑底の神話

ふたたび
遠い歴史をふり返えるなら
このほこらしげに物語る坑底神話の
裏の闇に押しこめかくされた
いまだ 知られざる
炭坑の女と男たちの
生きざまの物語を聞いてくれ

昔日の炭坑の女と男たちが
とぎれとぎれに物語る生きざまは
炭坑のほこらしい歴史に押しつぶされ
暗闇の坑底に深くとじこめられて
坑夫の怨みつらみに満ちた
闇の怨み節のひびきとなって
閉山炭鉱(やま)の風音に吹きなぶられて
地べたに低くこだましている

もし 人々の身体の中に
炭鉱に生きる心があるなら
雑草におおわれたずり山のふもとから
濡れた箱ぞりを重く引きずるような
地べたをずうわっと這ってくるような
地底にとじこめられた女と男たちの
闇にこだまする怨み節のひびきを
いま一度 べったりと
地べたに坐って 聞いてくれ

坑底の春雷〈1〉
暗闇の坑底に
春雷にも似た山鳴りがひびき渡るとき
坑底深くとじこめられた鬼神たちの群れが
地上への出坑を願い重い扉を叩く

 あの時
 取明けの神様と呼ばれる
 老練坑夫が君の遺体を発見した

 君の遺体発見が伝えられた時
 待機していた君の義弟は
 仲間の制止をふり切って坑底へ走った

遠く春雷のひびく夜の空の下で
のぞみを喪ない生きている俺たちは
鬼神たちの眠むる
坑底の連絡坑道も閉鎖され
見も知らぬ荒地の彼方へ
坑夫の集団流出を迫られている

 こころ優しい君の義弟は
 ものいわぬ君のくちびるを
 黒く傷ついた君のひたいを
 いたわりなでさすり
〈 あにき 痛かったべ
  あにき 苦しかったべ―― 〉
 顔を寄せて語りかけ
 君の返事をいつまでも待っていた

明かりのない坑道を歩く俺たちは
春 まだ来ない遠い歳月の彼方へ
うすあかい蕾を夢想い
凍れる風にふかれて歩く
心細い身体のなかを流れる
かすかな血のぬくもりをたよりに
冬の草のように生きてゆく

遠い残雪の望みよ
光ってあれ
たとへ それが何の光であれ
俺たちをみちびくだろう

 誰に教えられたのか君の義弟は
 君のおくれた出坑に寄りそい
〈 あにき ゲージだぞ
   あにき 坑口だ
   あにき 出坑するぞ 〉
 君の義弟は君の身体をいたわり
君の出坑を確かに告げていた

もの悲しい坑底の鬼神たちよ
取明けしたままの荒れた坑道を放棄して
見も知らぬ荒地に遠ざかるなら
地上への出坑を願って
重い扉をたたき俺たちに叫ぶだろう

遠い夜の春雷よ
鬼神たちの骨噛み葬儀をすませた
俺たちの荒れた素肌に
タガネを打ちこむように
鬼神たちの遠い歴史を刻みこむように
暗黒の空にひびき渡るがよい

坑底の婚姻
炭坑の長屋で恋に燃えたとき
女は乳色にひかる石をもっていた
愛する重さと
一つの石の重さをはかりながら
女はひかる眼をふるわせて
坑内稼ぎの共有をせまり
共有するあつい愛の欲情にもえて
坑内稼ぎと愛はわけがたいと
ぶあつい乳房のうずきでこたえる
炭の匂いする髪にまかれて
男はじきにまけてしまった

夜が明けると
二人は冷たい坑風にふかれて
炭堀稼ぎを共有する坑内に下りていった
それから不毛の切羽に愛の種を播いた
百姓を追われて北の海を渡った二人は
飢えと屈辱の過去と
闇のなかのひそやかな婚姻の歓喜を
なまぐさい精液でぬらして埋めたのだ

 男がかたい種をかきまぜ
 女は胸をひらいて乳房をしぼる
 白い乳汁に濡れた種を
 長屋裏の湿った土に播く

 そのときの春の陽に
 冷水山の尾根に残雪がひかっていた
 夕焼けがずり山を染めると
 とほうもなく深い闇が降りてきた

 秋には女が孕み
 男は豊作の祝い酒に酔った

 それは
 はるかなる原風景への回帰であった
 生産と生殖は
 男と女のいとなみの原風景であった
 シホロカベツの川面には
 遠いふるさとの星が降っていた

 ただ炭を掘りだすだけの炭坑は
 耕やし種を播く大地と
 ふりそそぐ陽のない闇の地底
 百姓を追われ土を棄てた坑夫の
 棄てきれぬものへの業であるのか
 それゆえの土への回帰か

炭坑の怨み節か坑夫口説きが
川のぼるシホロカベツの川底に
ひかるアンモナイトを見つけてから
遠い地底の石炭紀まで
つながってしまった炭坑の歴史を
女は腰をいれて背負ってしまい
あの赫いずり山の下で
夕陽をうけてきらりと光った化石の肌と
共有する切羽のあつい婚姻の歓喜に
白い乳をしぼりかけようという

炭坑の日々
炭坑で生まれ育ち
重さね過した月と年
その遠くに去った日々を
ふと ふり返えった

炭坑を離れた友から
元気で過しているか と
たよりがとどいた時
ふと 過すは
過ち 失うと
妙に似合うと思った
生きることはそのまま
過ちであるかも知れない日々と
ある詩人はいった

過ぎ去った炭坑の日々は
暗い過ちがたしかに多すぎ
炭坑災害の過ちは
自分のおかした過失のように
つらい過ちの日々だった
生きることがそのまま
過ちであるかも知れない日々
もし それが炭坑の日々だとすれば
過ちの災害を押しつけられて
炭坑に生きる日々は
あまりにも荷が重すぎはしないか

昨日のように思い出す
過ぎ去った過ちに
こだわりつづけて
生きてきた日々
炭坑を離れた友への返事は
過すは
過ち 失うと
こだわり過ぎて
まだ 書けずにいる

帽灯について
キャップランプよりは
安全灯の呼び名がいいという
だけど 裸火のカンテラから
安全灯になって
坑底の炭掘り稼ぎは
どれだけ安全になったことか

安全灯の明りで
地底のおちこちが
よく見えるようになったが
初期の安全灯の火は
一瞬のガス爆発を誘発して
どれだけ坑夫の死を数えたことか

坑夫をみちびき照らす
安全灯の発達史は
地底の明と暗を分け
生と死の背中合せになった
炭掘りの痛みにみちた
呻き声が聞えて
闇の部分が照らし出される

いま 熱く濡れた
坑風にふかれる坑夫は
キャップランプの明りで
炭壁のむこうにひしめく
闇の奥の闇まで見たい願う

だが 重い坑風にあえぐ坑夫は
自分の稼ぐ坑底の闇と
自分の身体の中の闇との
見分けすらできないでいる
だから 闇の坑底で行き交う
炭掘りの闇をのぞき見ようと
たがいにキャップランプを
照らし合うのだろうか

わがゆうばり望景
晩い秋の風が
ポプラの枯落葉をまいて
炭坑長屋の坂路を拭きぬける
〈 ゆうばり 喰うばり 坂ばかり
  いっぱつ ドンとくりや
  死ぬばかり 〉
いつの頃から云いだしたのか
奇妙に当てはまる語呂合せだ

細長くぐにゃぐにゃにくねった
シホロカベツ川の川筋には
昔からの坑口跡がなんぼでもあるべ
この谷間の地の底にゃ
何十本もの坑道が網ン目みたいに
掘りつくしてあるべ
まるでヨロケ坑夫の胸ン中みたいな
つぶれかかった古洞が
なんぼあるかわからんべ
炭坑に生れ育った老坑夫は
昔がたりに坑夫八千人といわれた
炭坑長屋の幻のにぎわいを
閉山跡の炭住地に描いてみせた

製鉄製鋼と軍港の室蘭
のぼり窯のあるレンガの野幌
そして 石炭のある夕張炭山
この三点に鉄道線を引くと
近代日本産業発達史の縮図がみえて
〈 採炭救国 〉坑夫のコンクリート像に
地底の闇にとじこめられた
坑底鬼神の幻の像が合わせかさなる

炭鉱の栄枯盛衰史のかげに
怨念となってまつわりつく
ガス爆発と落磐のたび重さなる
炭鉱災害が招いた坑夫の死は
おびただしい数字の記録
生と死の背中合せの稼ぎゆえ
明治の坑夫騒擾事件から始まる
坑夫争議に葬式デモと朝鮮人暴動と
つづく歴史の重ね織りは
どぼどぼろの綾織り模様がみえる

晩い秋の風が吹くたびに
三つ重さねの複雑怪奇な映像は
めらめらと狐火が燃える閉山跡に
どぼどぼろの怨霊綾織り模様の
焼け残りの記憶は
秋の風に吹かれて
忘れられぬ坑夫墓地に
吹きだまる

忘れえぬ
わが ゆうばりは
坑夫八千人のゆうばり
喰うばり 死ぬばり 坂ばかりの
わが ゆうばりは
救出を拒絶した
密閉坑口跡に
今日を吹く
坑夫騒擾事件の風に
どぼどぼろの
わが ゆうばり望景を想う


< 前頁[ 〈渡り〉 ]
[ 目次へ戻る]
> 次頁[ 〈冬〉 ]

株式会社トスコのホームページへ!
深沢俊太郎



Copyright(c) Shuntaro Fukasawa. All Rights Reserved.

このページのトップへ戻る!