■坑夫口説き語り「まっくらけ」
〈風〉
坑風の記憶
坑底まっくらけ
坑風が匂う
重たい坑風<
坑風どぼどぼろ
ずり山のむこう
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坑風の記憶
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坑底の濡れたポンプ座に
走る坑風が
ふっと 止まった時
あの雪の
二月の坑底噴火の
あの時の
恐怖と火花が
身体の中の坑道を走った
一瞬の時間が停止すると
坑底無限の闇に山鳴りがひびき
排泥バックの水面に
坑底鬼神たちの
デモ行進が始まった
あの冬の
二月二十二日
前日の雨と霙の天候異変は
石炭会社の強欲な鳩首会議が
出炭上昇の引き金をひき
冷えきった暗黒層雲を走らせて
洪雪降下の低気圧が襲いかかり
出炭グラスしか見えない
青筋野郎たちの保安手抜きが
坑底の気圧バランスを狂わせて
地中にガス爆発の火を走らせた
坑底の炭堀りたちに
予告もなく乱暴に
ささくれた死の休息を投げつけた
あの雪の降る夜
炭鉱の女子供と 老いた父母は
予期せぬ地底の異変に
炭住長屋の戸口を開け放って
雪をけって 坑口へと駆けつけた
なのに 繰込所の中は
悲鳴と怒号と人いきれが渦巻き
ただ おろおろと待つ老女は
告知板の前で涙をからしていた
イテモタッテモイラレヌ
底ナシノ怒リト
イラダツアセリヲ
チカラマセニ
ニギリシメテイタ
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坑底無限の炭層の闇に
死を賭けるものがあるのか
ただ ひたすらに炭壁を
打ちくだき炭を掘る男たちは
どぶどぼろの腫れ物を潰した
痛みの膿液の流れた闇に
ひそむ死を忘れようとする
暗闇の地底炭層から
ひそかに無味無臭のガスが流れだし
稼ぎ疲れた炭掘りたちの肢体に
まつわりつき はいまわる
坑底の炭掘りたちよ
時には 死神の行進でデモる
炭掘りにどんな保安があるのだ
あの冬の二月
二十八年ぶりという灰色の洪雪は
殺りくにみちた炭鉱の恥部と
不安全管理の保安サボを
闇に押しこめおおい隠すように
ささくれた死を押しつけられた
炭掘りたちへの様々な想いを
柔らげつつみこむように
溶岩のように どろりと
白く埋めつくして降り積った
また ふたたび
坑風が走る
坑底バックのポンプ座に
恐怖にみちた記憶は屈折して
闇の空洞にとび散った
あの坑底噴火を記憶する
鬼神たちへの想いをかみしめ
濡れた坑底ふみならして
高温多湿の坑底無限の
闇の空洞にむかって叫ぶ
イテモタッテモイラレヌ
底ナシノ怒リヲ
チカラマカセニマルメテ
ドコニムカッテ
投ゲツケタライイノダ
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坑底まっくらけ
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闇にひびく古洞からの叫びは
地中にひそみはいずりもがく怪獣か
地の底に棄てられた坑夫の
寂しくこだまする怨念の喚声か
坑底まっくらけに山鳴りがひびく
棄民とは 坑夫とは何だ
重く濡れた坑風は
闇の古洞に乱れとびこだまする
天磐に逆立つ牙は
炭坑の歴史の恥部を削ろうとするのか
高温多湿の坑風は
非道の歴史を洗い流そうとするのか
坑底まっくらけの深海に
埋められた棄民坑夫の骨は朽ち
地底断層の亀裂に乱れ散る
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闇の古洞にひびく山鳴りが
遠い炭坑のむごい神話を語るとき
棄てられた坑夫の生き埋めの闇に
昔日の女坑夫の恋歌を
すずしく吹き流した
あの坑風はない
重たく濡れた坑風が歌う
あかさびた炭坑の挽歌は
高温多湿の闇の深海に
坑底まっくらけに
山鳴りがひびく
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坑風が匂う
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ほんとうに炭鉱が
つぶれていいもんなのか
よくわかっていない
となりの新鉱に移ればいい
と、言われたって
さてと とまどうばかりだ
新鉱だからといっても
坑風はどう匂うもんなのか
尻(けつ)のすわらねえなまくら坑夫みたいな
屁のつっぱりにもならん
うわっつらだけの坑風じゃ
たまったもんじゃねえ
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まてよ 坑内非常でも呼びそうな
どぼどぼろの坑風が
重く湿って匂うもんなら
ほんとに たまったもんじゃねぇ
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重たい坑風
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坑道は重く
闇にどっぷり
埋づまっちまって
どぼどぼろに暗い
坑夫の遠い記憶は
いつでも火を噴くガス爆発
天磐ささえた鉄柱は
ぐにゃぐにゃのアメン棒
血まみれ坑夫の行方なぞ
てんでんに吹きとんでしまって
すべてがあまりにも生々しい
まして 坑夫の夢なんぞ
どこえ消えうせたのか
わかるはづがない
坑道は重く
とじこめられた坑道に
よどみ眠っている
すべて静止した坑道は
むしょうに重たい
腕なら天磐にぶら下がってるべ
足なら下磐に埋ってるべ
顔も見分けがつかんべ
電灯番号だって
誰れが誰れだか分らんべ
坑夫の明日の夢も
ちっぽけなもんだから
ばらばらに吹きとんでしまったべ
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火を噴いた後の
静まりかえった坑底
はいまわり動ごめく
無数の坑夫の影は
まったくの行方不明者たち
坑底の夜は
天磐からぶら下って
どぼどぼろの闇の中
今さら泣き叫けぼうと
声も出ぬから
どうしようもあるまい
地底の爆風が噴き抜けた
あの時から
坑道はひどく重くなり
黒い闇が充満するだけだ
坑道は重く
どぼどぼろに暗らい
だから、炭鉱には
いつの間にか
閉山の噂が
夕暮れの闇のように
ひたひた ひたひたと
満潮のように
押しよせてくる
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坑風どぼどぼろ
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あの青い空の下
ずり山のふもとから
坑風の音が
聞こえるあたりに
何かとほうもない
忘れ物を
おれはしてきてしまった
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のっぺらとした
コンクリートブロックを
詰めこんだ廃山坑口跡
ガランと人気のない繰込所跡の
告知板の前に立ったら
余計にどぼどぼろの
寂しさに
押しつぶされてしまった
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ずり山のむこう
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ずり山のむこうの
炭坑遠く
炭掘り怨霊
住むと
ひとはいう
ただ ひとり
ずり山 ひとつ
ふたつ みいっと
かぞえて越えてゆくとき
ひゅう ひゅう ひゅうると
風の吹き抜けるなか
朽ち欠けた坑口跡から
坑夫らの叫けび声が
かすかに聞こえた
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ずり山のむこうの
炭坑百年は遠く
どぼどぼろの
坑風が匂う
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